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モンテディオ山形サポーターのサポーターでありたい立場から、モンテディオ山形の楽しさを伝えたい

好きすぎるからこそ気づきにくい物だってある話

先日twitterにて、「サッカーの世界の人はサッカーが好きすぎて、サッカーは世界に無くてはならない物という気持ちが強い。サッカーが無くても困らない人達にどう届けていくか、の目線が大事だ」と見ました。

この意見、かなり目から鱗でなるほどな、と思わせる部分がありました。某チームのスタッフの人が書いた「ファンとサポーターは違うものでありライト層を集めても熱狂的なスタジアムにはならない」というような内容のブログがあったり、時々見られる「スタジアムグルメやマスコットとかに力を入れても意味がない、サッカーの魅力でお客さんを呼ばなければいけない」というもの、あるいは日本のスタジアムの空気は生ぬるい、日本サッカーが強くなるには負けた時にブーイングをするような海外のような熱狂的な空気が必要だ、というような意見はサッカーが好きすぎて自分が好きなサッカーなら他の人もはまってくれるはずでそれが理想であり、そうでないのは……みたいな所の考えから来るものだとすれば腑に落ちます。

 

サッカーが好きなのは悪いことではないです。ただ、好きすぎるがために外が見えなくなり外の感覚がわからなくなっている、という向きは確かにあります。

あるウェブサイトの記事の中で、J1のオリジナル10でありずっとJ1にいた人気チームのマリノスですら横浜市民の関心度が20%しかないという物がありました。ましてやJ2のチームなんてもっと低いでしょう。これならば、チームに何があったとしても声を挙げるのはサポーターだけで周りは無関心というのも無理はありません。

 

チームとしては共に戦うサポーターが増えてほしいのが一番の望みでしょう。しかし、この娯楽の多い中でサッカーと言うスポーツ観戦の中で最もコストパフォーマンスの悪い物を選んでくれる、しかも自分達の事を一番に考えてくれる人を増やすのは至難の技です。

ですが、割と多くのチームで近くに来た人をいきなりサポーターにしようとしてしまう事を行ってしまっているケースが良く見られます。サポーターならあれをしないといけない、これが必要だと言ったりとか。あるいは、何も知らない人をにわかとレッテル張りするとか、他の会場に行くのはサポーター失格とか掛け持ちはファンじゃないとか。

あるスポーツチームの広報担当さんがTwitterでこう言っていました。「2番目や3番目でもいいので、うちのチームを気にかけて応援してほしい」と。その感覚はサッカーサポーターの感覚が当たり前であった私には新鮮な物でした。

サッカーが好きで好きでという人にとってはそれが一番でありそうでないというのがピンと来ないのかもしれませんが、でも多くの人にとってはそうではないのです。

関心を持ったならそれが一番で無ければいけない、そんな世界は疲れますしそんな事を強制される物が広い関心を持たれる筈もないです。ただ怖いだけです。

にわかだったとしても、2番目3番目だったとしてもチームに関心を持ってくれるのは良いことです。何もないよりはずっと。

 

 

サッカーは貴方の人生に無くても困らないかもしれない。けれども、余裕があったらでいいから、サッカーを心の片隅にでも置いてくれれば嬉しい。

この感覚は忘れないようにして行きたいな、と考えました。