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モンテディオ山形サポーターのサポーターでありたい立場から、モンテディオ山形の楽しさを伝えたい

この「愛」はどこにあるのか

愛媛戦。まぁ何も言いません。勝っていればいい試合でしたし、2点入れた直後の1点を許しさえしなければ十分に勝てたそんな試合でした。個人的な事を言ってしまえば、こういうチームだからこそ試合前にプレーオフへ行く可能性がなくなってしまうのではないか、という気がします。ロスタイムで落とした勝ち点を拾えていれば、少なくとももう少し順位は上で戦えたでしょうし。

 

そしてこの結果を受けて、スタジアムが荒れていたようです。詳しくはこちら(https://gamp.ameblo.jp/skyps830rm/entry-12323901026.html)に書いてあるのですが、そこをかいつまんで説明するのであれば、ある選手に対して直接「お前なんていらない」という旨の事を口にした事からその選手と一触即発の空気になってしまい、最悪の事態こそは避けられましたが、松岡選手が「選手も頑張っているので、いらないなんて言わないでください」とのような事をサポーターに対して呼び掛ける事態が起こってしまいました。

その件を把握してからの私のツイートがこちらです。

 

 

 

この辺でもだいたい書いたのですが、ここだと140字以上に言葉を書けて、なおかつ落ち着いて(twitterですとどうしてもツイートを見て脊髄反射でというのがありますし)書けるので、改めてこちらでも思った事を書いてみます。

 

まずフラストレーションたまるのはとてもよくわかります。ここしばらくの状況ですとか、今後のチームの行く先についての(フロントやトップの状況も含めてです)不安を抱えていて、それがいつ爆発してもおかしくない人もいます。というか私が去年の今頃からチームの状況でストレス溜めすぎて十二指腸潰瘍患いました。ストレスで犯罪予告までしてしまったほどです(実行はしてないし、諫められた事は告げておきます)。そんな気持ちが爆発したのでしょう。

上から目線で「それはよくない」「なんでそんな事を」というのは簡単ですが、このチームの場合とても残念な事ですがそれだけの背景やトラブルを抱えています。どう見ても政治用件の絡む社長問題、完全に選挙対策の為としか思えない遅いスタジアム整備、そして元凶と言える人物は未だに居座っている。更にチームもチームでここ数年不可解な人事が続いている。

こうは言いたくはないです。でも言わせてください。「昇格しなきゃ良かった」。そんな事もたまに思います。

そんなのは我慢できない人が悪い、そんなのはどこのクラブでもあることだ、そういう人もいるのかもしれませんが、そう思える貴方の応援するクラブは幸せなのでしょう。上手く回っているのであれば良い事です。

もっと酷い状態の所もある、確かにそうです。ですが多くのサポーターは次にもっと酷い状態になるクラブは山形だという不安を持っています。しかも、サポーターに出来る事というのはそれでもチームを支えていく事だけです。更に味方のいない状況で、先の問題も抱えていて。それでも、チームを応援する事だけはやめられないし、やめてしまえばチームが余計に苦しむだけ。

山形サポーターというのは良くも悪くも真面目です。その性質がこういう苦しい時に悪い方に出てしまってるのではないのかな、という印象もあります。

 

そんな事情もあるにはあるのですが、それでも選手に対して目の前で「頑張ってない」「いらない」は無いです。仮に心の中ではそう思っていたとしても、それはそれで建前だけでも「次頑張れ」というのがサポーターです。サポーターは支える人なんですから、選手の心を折るような事は言っては駄目です。

プロでそれでお金をもらっているんだから結果が悪かったらそれだけ厳しい事はいわれる、のは当然でしょう。しかし、何を言ってもいいという訳では無いです。ぶっちゃけますと、選手たちはそれで生活していますが貴方達のそれはあくまでも趣味ですよね?試合に負けて貴方の給料が減りますか、という話になります。悔しくないわけ無いじゃないですか。

ある意味で自分達の代わりとなって戦っている選手達に敬意を持つのも、「支える者」サポーターとして大事な所ではないでしょうか。

 

それでも、どうしても。どうしても我慢ができなくなりそうになったら?ストレスが貯まって選手に当たりそうになったら?

そうしたらすぐにスタジアムを去る、というのもひとつの手です。ブーイングや野次には慣れている選手でも、ファンがスタンドから帰っていく、というのは罵声飛ばされるよりもより選手の心に来ます。ちなみに、もっと選手の心に来る物として、拍手と激励で迎えるというのもあります。勝てなくてもこうして迎えてくれる人のために頑張ろう、と考えるのだそうです。

 

このツイートの数時間前に、「応援する者は応援される者よりも強くなければいけない」という言葉に対して「わからなくは無いけれども、弱い人が心の支えや生き甲斐としてチームを応援するのは駄目なのか」と書きましたが、この件を受けて改めてこの言葉の意味を考えています。

パフォーマンスの良くなかった選手に対して目の前で罵声を飛ばしてしまう、というのはある意味で弱いことの表れでもあります。もしも、強ければ「自分達がよい雰囲気を作れなかったのがダメだった原因だ」「自分の応援が足りなかったから」になるでしょうから。上手く行かなかったフラストレーションを人のせいにして外に出して晴らす、というのは強い人のやる事ではないです。

受ける側が叱咤激励だと思えない厳しい言葉はただの厳しい言葉で、決して愛の鞭ではありません。

 

だから、ファンやサポーターになるのは簡単だとしても、「真の」サポーターになるのは難しいです。チームの苦しい時や厳しい時に、そのフラストレーションを選手やスタッフにぶつけないで、自分の中で消化していかに戦っていくか。それは本当に強い人でないと出来ない事です。

強い人になりたいですが、多分なれません。

それでも、少しずつ強くなっていったり、あるいは弱いままでも応援される人が少しでも前を向けるような応援をしていきたいです。

 

 

今でもまだ、雨の中を歩き続ける。

虹はまだ、見えそうにない。